なんだかそんな記事を読んだのでこの事について自分なりに考えたいと思います。
まずはこの方が流れた理由ですがアニメにサブカル的な楽しみ方が出来なくなった、という事だと記述してあります。
そもそもサブカル的な楽しみ方とはなんなのか。
アニメをメタ的な視点で見る、アニメから社会を考える事がサブカル的な楽しみ方とこの筆者は書いています。
メタ的な視点というのはアニメを実況して共感したりする事と記述してあります。
これはやろうと思えば出来る事なんじゃないでしょうか?
アニメから社会を考えるというのは若者の不安や悩みをロボットとかの技術を用いて進展させていくというストーリーの事だと記述してあります。
そういったストーリーっていうのは別に少なくないんじゃないでしょうか?
なんだかそんな気もしない事は無いです。
この記事を読んで思った事はなんだか自分勝手な思いだなぁと、そう感じました。
それと同時にこの人が言っているサブカルって言葉が何とも胡散臭く感じてしまいました。
上記した通り、実況スレや不安や悩みを解決するようなアニメは別に今でもあるような事です。それはこの人もそう記述してあります。
ですがこの筆者はアニメからVtuberに流れた理由をサブカル的に楽しめなくなったと、そう書いてあります。
結局の所、この人は新しいモノ好きのミーハーなのではないのかなぁと僕は思います。
だからVtuberという文化が徐々にオワコン化してしまうと同時にまた新しい流行っているコンテンツに移動してみたりするんだろうなぁと
そう感じました。
そして更に言えば、そういった流行りのモノでないから調べるのもちょっと面倒でアニメを見ていない、ストーリーがあるから良く分からない、という思考になっているんじゃないかなと
Vtuberならyoutubeで配信してたら見るだけだし、別段ストーリー性も無いから流行りのモノでも見れる!ってなっているんだろうなぁって思います。
でもその部分は良いと思います。
興味の無いモノを調べないのは普通です。
この筆者の一番の問題点、それはプライドです。
この筆者は変に古参の顔もしたがっているんですよね。更にはアニメで直に感情が揺さぶられない等々のような記述も見られます。
だからサブカルに興じている自分に対して陶酔しているんですよね。
だからアニメを見ている自分も大事にしたいんですよ。
ですが、今のアニメは見られない。流行ってないから。
でもそんな自分は昔の良作には触れていてアニメに対しても趣があるんだと
そんな雰囲気を出したいが為に「サブカル的」というワードを使っているのではないか?
そう思います。
というかもうアニメのストーリーを追う事が面倒になってきた、もしくは難しくなってきているんじゃないでしょうか?そういった問題が生じているからアニメを見れないのかもしれません。
だからこの筆者の使うサブカルという言葉はとても薄いような、そんな気がします。
別に「今はVtuberが楽しいから実況動画しか見てません」くらいの事なら全然何も思わないんですよ。
この筆者は「俺はアニメを高尚な楽しみ方で見ている!だが今のアニメは高尚な楽しみ方が出来なくなった!」みたいな皮で本当の理由を隠してるんですよ。
だから気になる、その奥にあるこの筆者の本音
そこには現代アニメについていけないけど流行には乗りたい人が自分に素直になれないプライドが隠されているのかなぁと
そう思ったり思わなかったり


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